ハサン・マスウーディー「美しさに気づくこと」
(2013年)

“The Awareness of Beauty” Interview with Hassan Massoudy by Kamilia Lahrichi
Magazine: Papers of dialogue(Awrāq al-ḥiwār)
issue 4 (2013 Oct-Dec)
Publisher: AGI agenzia Italia
kamilialahrichi.com/interview-massoudy/

アラブでは、いつの時代もカリグラフィーはもっとも崇高な芸術の一つと見なされてきました。この幾世紀の間に数多くの新しい書のスタイルが生まれてきましたが、スタイルが変わろうとも芸術の真の役目、すなわち、生きることの美しさを人々に気づかせるという役目を、カリグラフィーはずっと果たしてきました。
フランスの小説家ミシェル・トゥルニエが「生きている中で最高の書家」と評したイラク人書道家のハサン・マスウーディーは、アラビア書道の伝統を受け継ぎながら、古代から現代に至る、ことわざ、詩、哲学者の言葉からインスピレーションを受けて、西洋と東洋、伝統と先進性を橋渡しする作品を制作してきました。

カミリア・エラリチ: カリグラフィーとは何でしょう? 書もしくは素描、絵画やストリートアートとして表現されることで、私たちに何をもたらすのでしょうか?

ハサン・マスウーディー: カリグラフィーは何よりもまず「書」です。ただ、文字は確かに芸術的に、表現的に書かれ、画一なものではありません。アラビア書道には多くのスタイルがあり、それぞれのスタイルに固有の作法があります。書家は誰もが何かしら自分らしさを文字の内に表現します。クーフィー(Kufi)体は厳粛さと安定を、ディーワーニー(Diwani)体は飛翔を暗示します。同じ文章を同じスタイルで書いても、書き手によって結果は異なるでしょう。なぜなら書には、書き手の精神が現れるからです。

アラビア文字には数えきれないほどの書体があり、本を書くときに使うもの、壁を装飾するときに使うもの、ある特定の職業で使うものなど、それぞれが違うのです。言うまでもなくイランやトルコなど非アラブ系の人々も新風をもたらしました。アンダルス(イスラムが支配していた当時のスペイン南部)やマグリブ(北西アフリカ諸国)で見られた書体のように、地理的な違いから生じたものがまずあります。またトゥグラ、つまりスルタンの署名など、政治の中で使われることを目的にして生まれた書体もあります。詩に使われる書体のような文学用のものもあります。以前は、トルコの書家たちは、壁に掛けるための何メートルもの長さの巨大な作品を作っていました。
カリグラフィーは都市では、主に広告のために使われました。近現代になってからは、人々が政治的、芸術的メッセージを発するために、法で禁じられていながらも、街の壁に書を書くということを始めました。一方で、都市によっては、過疎化した地域を活性化するために一部の壁をストリートアートのために開放しています。

カリグラフィーの芸術的長所をすべて数えあげることは不可能ですが、一つだけ重要な効用について述べたいと思います。それは子供が、生まれて初めて書くことを習うときに経験することと関係しています。書くことを学ぶ子供たちは、その過程で、揺るぎない幾何学的な法則の存在に気づかされます。文字と文字の比率を理解するには、一つ一つの文字の形を記憶する必要があり、それが知識を深める準備になるという、豊かな芸術遺産を下地に持つことの意義を学ぶのです。具体的な文字の形と、その形を包む抽象的な空間の関係を意識するためには、文字と文字のバランスを維持することが必要なのです。

エラリチ: あなたが生まれたナジャフ(イラク中部の都市)では、壁に絵が描かれることは禁じられていました。それにもかかわらずカリグラフィーに興味を持つようになったきっかけは、何だったんですか? カリグラフィーはどのようなインスピレーションをあなたに与え、どんな感情を掻き立てたのでしょう?

マスウーディー: 絵は禁じられていました。その代わりにカリグラフィーが使われ、建物に見合うように進化していきました。ナジャフの街は埃色の砂漠に囲まれ、住居は簡素なレンガや泥で造られています。しかし大モスクや図書館、墓地、公共浴場などの象徴的な施設は、青いタイルとカリグラフィーで飾られた壁を持っていました。私は家の近くの大モスクへたびたび足を運びました。1万平方メートルの空間に、ミナレット(モスクに付随する塔)や金のドーム、まるで海の波のような青い壁がありました。
壁は、庭の青々と茂った木々の枝とバラで飾られており、天国を象徴していました。ところが私の目を奪ったのは、壁の上部を埋めていた文字でした。まだ読み書きのできない子供だったにもかかわらずです。この抽象的な佇まいは、私の心に語りかけるものがあり、初めて出会う心地よい形でした。なぜ美しいカリグラフィーがあんなにも私の心を動かしたのか、何年も考えましたよ。

エラリチ: ご自分のアート作品とカリグラフィーを説明して頂けますか?

マスウーディー: 1961年、17歳のときに、私はイラクの首都バグダットへ行き、複数の書家のアシスタントとして働き始めました。彼らの下でそれぞれのスタイルの作法を習得し、関連する決まり事を学びました。仕事のほとんどは広告のために書くことでした。それでも心の中ではカリグラフィーの秘密を学ばなければと感じており、その欲求は私の内に強い反応を引き起こし、私という存在の核に触れてきました。8年もの間、アートを学ぶことを夢見ていましたが、バグダットのアート・インスティテュートでは政治的な理由でそれが出来ませんでした。

1969年にパリに行く機会を得て、エコール・デ・ボザール(国立高等美術学校)に入学しました。学生をしながら、ぎりぎり生活できる糧となる仕事を見つけることもできました。移住者に向けたアルジェリア系の新聞があり、その見出しを書く仕事をしたんです。5年間、アートと芸術史を学び、学校で学べるだけの技術を学び、学位をもらいました。しかし学業を終えるころには、カリグラフィーが徐々に自分の作品にしのび込んできたことを感じました。
1980年になるとカリグラフィーは私の絵の主役の座を奪い、作品は動きのあるアラビア文字で埋め尽くされました。最初はカリグラフィーを初めて学んだような作法でもって、作品中に使うことはできませんでした。何年もかけてこの新しい方向性に沿うように文字を変えていきました。熱心に試したことの一つは、砂漠の風景を表すように文字を構成し絵を描くことでした。ひろがる地平線を暗示するように直線状に文字を書き、中央には彫像が空に向かってそびえるかのごとく、一つの言葉を書きました。全ての表現は、私が心の目で見た風景でした。

アイデアは年々、よりシンプルなものへと変化しました。どの作品も、作品が持つエネルギーと動きという点で、それ以前のものと異なりました。それぞれの文字は、私が一筆書くその瞬間に込められた力の量を反映します。強固で安定したように見えるべく、文字を書くこともできれば、踊り、浮きあがり、波打つように書くこともできます。色彩は、状態や季節を反映しています。私は自分で色を調合し、適切な紙やキャンバスを選びます。
私はいつも好んで、美と楽観を自分の作品に表現しています。今の時代、私たちは世界中から光速でニュースを受け取ります。だからこそ、それらとは別の役割、すなわち生きることの美しさを意識させるものとして、アートは必要なのです。

エラリチ: なぜ、またどのようにして、アラビア書道の伝統を乗り越えたんですか?

マスウーディー: 第一にパリでは、過去に習った古い形式のカリグラフィーを使えないと感じたからです。第二に、世界中のさまざまな種類の芸術とカリグラフィーとの比較を通して、すべての芸術は発展し変化すると気がついたからです。アラビア書道も過去に、それぞれの世紀で変遷をしてきました。パリでの新しい知識との邂逅と、中国や日本の書家との交わりを通じて、美を損なうことなくより早く書くことが出来るのではという発想が生まれました。30年間、舞台のためにカリグラフィーを書きました。俳優、ミュージシャン、歌手、ダンサーたちとコラボレーションをしたんです。プロジェクターに文字を書き、観客が見つめるスクリーンに直接投影させたこともあります。このような過程を経て、私の新しいカリグラフィーは生まれました。しかしそれらはやはり、古いカリグラフィーから派生したものなんです。

エラリチ: あなたが生み出したスタイルから、特に思い入れの強いものを一つ選ぶとしたら、どれになりますか? そして、なぜそのスタイルなのでしょう?

マスウーディー: アーティストとしてパリで活動した40年の間に、たくさんのスタイルを生み出してきました。そのどれもが、私の人生のある一時期を象徴しており、優劣はつけられません。

エラリチ: カリグラフィーで何を表現したいですか?

マスウーディー: 私は作品を見る人々の人生の旅路を、いくらかでも助けられるような、美しい作品を作りたいと思っています。

エラリチ: アラブ世界が深刻な政治的変化を経験している現在、カリグラフィーは政治の影響を避けられないのでしょうか? この状況で、どのような役割を果たせると思いますか?

マスウーディー: アラブ世界の問題は、古代の人々がこの地域で本当に美しいものを作ってきたということが、忘れられていることから派生していると思います。ある人々が人種差別、排他、暴力を通して自己を表現するのも、そこから来ていると思います。アートとしてのカリグラフィーは文学と結びついており、政治的なスローガンをまねることなく独自の芸術的表現を見つけることができれば、人間的で芸術的な文化を未来に築くことに貢献できるのです。なぜなら、社会で交わされるすべての表現は、独自の話法を持っているのですから。

(終わり)