ハンス・ウルリッヒ・オブリストとシモン・カステへのインタビュー 「1989:エヴリシング・イヤー(最重要の年)」 インタビュアー:イヴァン・ロペス・ムヌエラ
(2013年)

1989: The Everything Year. Interview with Hans Ulrich Obrist and Simon Castets by Iván López Munuera.
ARCOmadrid
July 18th, 2013
http://www.ifema.es/newsletters/arco/2014/news_18_07_2013_i.html

1989年は、いまの時代を形作っている数々のトピックを理解し、解釈し、分析するための、鍵となる年として公認されていると言ってよいだろう。我々にとって重要な、政治、社会、経済または象徴的な出来事が、終わり、始まり、分裂し、つながったのが、この年である。そして1989年は、ハンス・ウルリッヒ・オブリストとシモン・カステの「89プラス・プロジェクト」の起点に定められた年でもある。89プラス・プロジェクトは、1989年以降生まれという事を必要条件として選ばれた、芸術家、建築家、思想家、文筆家、デザイナー、映像作家および、あらゆる分野の実践者のアーカイブである。

イヴァン・ロペス・ムヌエラ: 最初の質問として、いつ、どのように、89プラス・プロジェクトが始まったのか、伺いたいのですが。

シモン・カステ/ハンス・ウルリッヒ・オブリスト: 私たちは4年前(2010年)横浜トリエンナーレで初めて出会いました。その後、ロンドン、バーゼル、ヴェネチア、香港などで再会するうちにアイディアが具体化し、2012年にプロジェクトを立ち上げました。私たちはあらゆる分野の実践者(アーティスト、文筆家、建築家、映像作家、音楽家、科学者、技術者など)を対象に公募を開始し、www.89plus.comにポートフォリオをアップロードするよう呼びかけました。唯一の条件は1989年以降に生まれていることです。締め切りを設けずに募集を続け、集められたポートフォリオは内部閲覧用のデータベースに保存していきました。
定期的に私たちはデータベースをさらって、さまざまな形のアウトプットに向けた人選を行います。アウトプットは展覧会であったり、レジデンスであったり、パネルディスカッションであったりします。
毎日、数十件の応募が来ます。その中からできる限り多くの応募者に連絡を取り、実際に会うようにしています。友人や同僚から、非常に価値のある推挙をされることもあります。若い実践者たちと直接作品について意見交換をするために、世界中のさまざまな地域へ調査旅行に出向くこともしています。

ムヌエラ: あなたたちは1989年という年をプロジェクトの中心に据えていますね。この年、異なるいくつもの出来事が世界の見方を根本から変えてしまいました。例えば、ベルリンの壁崩壊、ヨーロッパの複数の国で起きた共産党体制の瓦解、アヤトラ・ホメイニ師の死や、天安門でのデモ隊の鎮圧。これらの事件はあなたがたのプロジェクトに、どのように結びついていますか?

カステ/オブリスト: 直接的な関係はないですね。一番の影響と言えるのは、それらの事件が、私たちが生きる現在の世界を形作ったという事実でしょう。1989年は非常に大きな転換点でした。世界がグローバルに変化をした年であり、無作為に選んだ区切りではないのです。世界人口の半分が1989年以降に誕生しているという点も、考慮に入れなくてはなりません。
いま、あなたはヨーロッパ、アジア、中東について触れましたが、私たちはアフリカでも活動し、リサーチをしています。そのアフリカにおいても、この年は転換点でした。ネルソン・マンデラは1990年初めに釈放され、それが南アフリカのアパルトヘイト政策が終結へと向かう、最初のステップとなりました。

ムヌエラ: そうですね、またそれ以外にも社会やテクノロジーの分野で特筆すべき出来事がありました。パソコンの一般家庭への普及や、ワールド・ワイド・ウェブの誕生など。

カステ/オブリスト: 異なるデバイスに導かれた、段階を踏んだインターネットの日常への浸透は、グーテンベルグの発明がもたらした衝撃に匹敵するパラダイムシフトです。生まれたときからインターネットへのアクセスがあった人々は、情報やその集約、その配信に対する関わり方がおのずと異なります。そして、それは間違いなく、彼らの創作行為に波及的に影響を及ぼしています。キャリアがまさに始まったばかりの若い実践者の作品の中に、これら影響を垣間見るのは本当にわくわくします。

ムヌエラ: アートの世界に目を移してみると、1989年は非常に重要な二つの展覧会のあった年として記憶されています。ジャン=ユベール・マルタンによってキュレーションされたポンピドゥーセンターでの「大地の魔術師たち」展、そしてラシード・アライーンによってキュレーションされたヘイワードギャラリーでの「The Other Story」展です。二つの展覧会は過去の植民地主義およびポスト植民地主義とつながろうとすることで、当時の日常であった自民族中心主義と対決しようと試みるものでした。ある意味では、これらの展覧会がアートの地勢をどう見るべきかを、永久に変えてしまいました。

カステ/オブリスト: このプロジェクトへの主要な影響としては、エドゥアール・グリッサンと彼の思想「世界性(mondialité)」と「多の中心(polyphone of centres)」があげられます。グリッサンの全著作はできる限り早くスペイン語に翻訳されるべきだと思いますが、それはともかく、グリッサンは早い段階で、21世紀の芸術が”ポリフォニック・アーキペラゴ(多群島)”のようなものになると、予想していました。私たちにとって「アーキペラゴ(群島)」は何よりも賛同できる思想であり、支えとなっています。「世界性(mondialité)」の考えはグローバルな対話を可能にしながらも差異を生み出し、グローバリゼーションのもたらす均質化への抵抗となるのです。一例をあげると「移動する都市(Cities On the Move)」展(1997年にオブリストがキュレーターのホウ・ハンルウと始めた巡回展)はこの考えを基にしています。

ムヌエラ: 世代間の摩擦に導かれたプロジェクトをキュレーションする事は、それ自体がさまざまな議題の提起になりえます。概念から離れ文脈を理解しようという提起、私たちをとりまく政治と美学についての提起とも読み取れます。

カステ/オブリスト: このプロジェクトはたしかに世代という考えを土台にしていますが、一方で終わりのないものです。これは長期プロジェクトです。テクノロジーの変革がもたらす制作手法の変化を、進んで受け入れることを主眼としているからです。私たちはまだ、ほんの始まりの段階にいます。89年以降という制約はウリポ(数学者フランソワ・ル・リヨネーを発起人として設立された文学グループ)に似ており、これ以上ない現実に基づいていながらも、未知への可能性を開くものなのです。

(終わり)